生きる世界線を変えて、ありのままの自分で生きる

何故かいつも損ばかり(前編)

筆者は一応既婚者ですが、昔から友達がいません。夫とは若い頃からの付き合いで、たまに夫の交友関係に混ぜてもらう程度で、学校卒業後数年間はたまに会う友人はいたものの、今や個人的な友人は一人もおりません。これまで職場を転々としており、その職場毎でタイムリーな付き合いは一応ある(と言っても飲み会ぐらい)のですが、辞めると同時に、意図はしておりませんが何となくリセットされてきました。

そんな感じであまり人と関わることが少ないが故にディープな対人トラブルは無いのですが、これまで二度だけしんどい思いをしたことがあります。その二度ともに共通するのが「私だけ損をして、相手の人がズルい」というものでした。

一度目は仕事仲間でした。当時とても仲の良いお客さんと、その仕事仲間と私とで、三者でよく案件を(なんならたまにプライベートでも)ご一緒させていただいていました。私は勤めていた会社から独立し自営業として働いており、その仕事仲間も同じ境遇で、お互い切磋琢磨しながら仕事に励んでいました。

一人親方状態でしたので、自分で営業活動をして案件を取ってきて作業して納品して請求書を作って…早く人を雇って会社として一人前にビジネスを成り立たせるんだと奮起し、いただける案件は全て片っ端から受注しまくって休みと寝る暇を惜しんで仕事に没頭していました。…そう、「どんな案件でも」請けていたので、その仲の良いお客さんとの「お付き合い」から、低単価で時間的拘束力強めの旨味のない保守案件も断らずお請けしていました。そういう「お付き合い」の積み重ねが、たまにいただけるであろう高単価案件につながると信じて。仕事仲間が何故かその保守案件を頑なに請けようとしないのがちょっと気になりながら…。

そうしてある時、衝撃の事実を知ることになったのです。その仲の良いお客さんからの、低単価な保守案件は全て私に流れていて、他の高単価な案件はほぼその仕事仲間に流れていることがわかったのです。「三者で対等にお付き合いしている」と思っていたのですが、実際はそんなことはなく、その仕事仲間が「おいしいとこ総取り」だったのです。

確かに今振り返ってもおかしなことがあったのです。ある時その仕事仲間が「〇〇さん(仲の良いお客さん)に内緒で、この案件を手伝ってくれないか」と相談してきたことがありました。その仲の良いお客さんから請けたものの、技術・知識的に私を召喚しないとこなせないものだったようです。よく一緒につるんでいる三者なのに「内緒で」ってのがすでにおかしいですが…当時の私は仕事仲間を疑う気持ちがみじんもなかったので、困っている仲間を助けるくらいの気持ちで手伝いました。

そして二度目は夫です。育児が始まってもうすぐ7年が経とうとしていますが、これまでの私の主婦業はまさに「孤軍奮闘」で、共働きにも関わらず、夫婦で協力して家事・育児に取り組むことはありませんでした。「全く手伝ってもらえなかった」とは言いませんが(「手伝う」という表現もおかしいですが)、私の顔色を窺いながら、機嫌を損ねたらその都度ちょこっと手伝う、くらいでしょうか。例えるなら、夫や父親と言うより「社会人の息子」というイメージです。自分のやりたいこと・遊びたいことが先に立つようです。仕事(と遊び)から帰ると、早い時間からYouTubeを観ながらお酒を飲み、泥酔して寝落ちします。私はそんな夫を横目に、夜21時すぎくらいまで家事育児に追われ、日中は仕事をしているので、自分のことをしようとすると睡眠時間を削らざるを得ない状態です。漢方薬やサプリメントを摂りながら毎日をしのいでいます。夫が私の作った夕飯を食べないようになってから、もうすぐ5年が経ちます。

一度目の仕事仲間については、私が転職をしてその場を離れることで関係が終わりました。二度目の夫についても、私が婚姻関係を清算すれば、イライラから子供に当たって自己嫌悪に陥るこの辛い毎日から離れることができるかもしれません。実際にこの数年、離婚は随分悩んできました。唯一「子供から両親が揃っている家庭を奪って良いものか」といった苦慮から留まっている状態です。

…こう書いてみると「とても不幸な被害者」のように見えますが、実はこれ、私が「自分いじめ」をしているから起こったことなのです。そしてこの「自分いじめ」、自覚してもなかなか止められないところが非常に厄介なのです。

おすすめの書籍