生きる世界線を変えて、ありのままの自分で生きる

子供の成育環境として、親側も調整が必要

私には発達障害グレーゾーンの子供がいます。正確には、発達障害の診断名がついてはいないものの、言葉の遅れや対人スキルの低さといった困りごとがあるため、「個人的に」グレーゾーンと呼んでいるというのが実情です。グレーゾーンはそもそも診断名ではないそうです。通っていた療育施設の発達専門のドクターは、最後まで発達障害とすべきか否か悩まれていたそうです(心理士さん談)。

この子は今現在小学校低学年ですが、これまでの育児は本当に悩みの尽きないものでした。

幸い他害など他人様に直接迷惑のかかるようなことはあまりないのですが、集団行動の中で「はみ出てしまう」ようなことは多々あり、そういった意味ではよそに迷惑がかかることがあります。

その度に、頭を下げる度に、果たしてこの問題は発達特性があるがゆえに起こったのか、それとも小学校低学年という幼さでは起こり得ることなのか、私はクヨクヨ悩みます。人に迷惑をかけないよう細心の注意を払いながら生きてきた(心のクセがある)自分には、本気でしんどい罰ゲームです。

よその子と比べてもしょうがないのに、我が子のペースに合わせて「トレーニング」しなければならないことはわかっているのに、「定型発達vs発達特性」という具合に、区別して比較して悩みます。

スピリチュアル界隈曰く「子供は親の課題を体現する」そうですが、この子はでっかいお土産(課題)を持ってきたなーと思います。しんどいです。これまで真面目にしんどい思いをしながら生きてきたけど、あとどれだけ悩んで苦しみながら生きていったら良いんでしょうか…。

つい先ほども子供がやらかして、子供会の役員さんに謝罪LINEを送ったところでして、心がザワザワしながらの執筆となり、愚痴みたいになってしまいました。。ごめんなさい。

自戒のために書いておこうと思いますが、この子が何を「やらかした」かと言えば、元は自分の妹のためにしてあげたことが裏目に出てしまったというのが経緯でして、悪気は一切無いんですね。

であれば、親としては

  1. 妹のためにありがとう
  2. でも、これはルールとしてやってはいけないことだから次からはやめようね

といった、「子供の心に寄り添ってトレーニングする」ことが必要だと感じます。

そして親の私がトレーニングしなければならないことは、

  1. 心のクセ(絶対に他人に迷惑をかけてはならないという思考)に振り回されない
  2. 事象を「客観的事実(①子供がルール違反をした②子供に悪気はない)」と「感情(私の心のクセ)」に分け、冷静に捉える

だと感じました。

悪気があってルール違反をするのと、悪気はなくてルール違反をしたのとでは、そもそもトレーニングの観点が異なりますもんね。無駄に怒りつけて萎縮させるのではなく、的確に観点を捉えて端的に伝えることを心掛けたいと思います。…私がいかにして自分の心のクセに対処するかが肝です…。

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